選択肢は時にひとつのみしか選べないが、道はその限りではない。

あの時ああしていたら、こう言っていたら、あそこにいたのが自分ではなかったとしたら。


そしてもしも。

選ばれなかった未来の道は途切れることなく進んでいるとしたら。

決して交わるのことのない平行世界、時間軸。

今とはまったく違う未来が待っていた可能性。それは無限に広がっている。





















































デッキブラシの柄に重ねた手の上に顎を乗せて、ヘビスは難しい顔で考え込んでいた。
くりくりとした茶色い瞳はどこともなく明後日の方向を向いている。
といってもまわり一面海では目印もへったくれもありはしない。ヘビスはゆったりと流れる雲を見つめているのだった。
背後から吹く風が硬質な黄金色の髪を揺らしているが気に留める様子もない。
ただただ目の前に鎮座している憂鬱に溜め息を吐くばかりである。



「おいヘビス、さぼってるとまあたモモカにどやされるぞー」

「おぉ」

「あいつ女だってのにデカすぎるよなあ。昔惚れてたっつうお前の神経を疑っちまうよ」

「おぉ」

「……おい、ヘビス?」

「おぉ」



この通り、同僚が声をかけても返ってくるのは生返事ばかり。
どうやらヘビスの頭の中には他のことを気にかけられるスペースは残っていないらしい。
「おいヘビ男」といつもなら殴りかかってくるような言葉を選んでもぴくりともしないのがその証拠だ。
まあこうなるのもしかたないのかもしれないな、と、同僚の彼はがりがりと頭を掻いた。
貨物船にはそぐわぬ美少女、ルゥ・クロスの故郷のティムライト王国が帝国によって滅ぼされたのも、
当の本人とヘビス含む数人が王国壊滅の噂の真偽を確かめるべく直接赴き、惨状を目の当たりにしたのも記憶に新しい。
ルゥ・クロスは自室にこもりきりで、食事はあまつさえ飲み物さえも受け付けないらしい。
どれほどだったのかは話しを少々かじった程度だが、人の焼ける臭いはさぞかし酷かったのだろうと思う。

しかしこのままではいつまで経っても仕事が終わらない。モモカに見つかって給料カットも有り得る緊急事態である。
かといって、そもそも複数でやる仕事をひとりでせっせと励むのもなんだか癪に触る。
ここはやはり目を覚まさせてやるべきだろう。働かず者食うべからずとはよく言ったものである。



「おいヘビス、お前いい加減に――――」

「よっしゃ決めた!」



しかし、遮られてしまったのと驚きとで彼の決意はあっさりとしぼんでしまった。
新たな希望に目を輝かせて、ヘビスが勢いよく顔を上げたのだ。



「ここでいじいじ悩んどったってしょうがない!わいにできることをせな!」

「な、なんだよ突然……」

「ちょい行ってくるわ!ここ悪いけどよろしゅう!」

「は?!お前、ちょっと待てよ!」



デッキブラシを放り出し、走り出した背中に制止を投げかけてみたものの効果はない。
あっという間にヘビスは船の中へと姿を消し、甲板に残されたのは床に転がるデッキブラシとバケツのみ。
監督不行き届けとしてモモカに滅多打ちにされるだろう自分の姿が鮮明に浮かんで、彼はぐったりとうなだれた。





















































病人を思わせる真っ白な掛け布団とシーツで構成されたベッドの中。彼女はただそこにいた。
ここ数日何も口にしていないにも関わらず、彼女の体は何も欲しはしない。
無気力。それが今の彼女にぴったりと当てはまる言葉。
どうやら机の上に食事が置いてあるようだが見る気もしない。彼女の金色の瞳が見つめるのはただ虚空。

と、ドアを叩くノック音が鳴り響いた。彼女は動かない。
しばらく経ってからふたたびドアが叩かれた。それでも返事する様子さえもない。
三回目のノック音はなかった。一瞬躊躇するような間があったあと聞こえたのは、声。



「ル、……ウンディーネさま、失礼致します」



少々気まずそうながらも、凛としたよく通る声。彼女は開かれるドアの方にゆっくりと首をもたげた。
彼女を"ウンディーネさま"と呼ぶのはもはやただひとり。



「昼食です。食欲がおありではないかもしれませんが……」



ドアの先にあらわれたのは、クラウド。淡い色の金髪にはっきりとした青色の瞳が印象的な青年だ。
クラウドは昼食をトレイから机の上に下ろすと、まったく手のつけられていない朝食を机からトレイに乗せた。
そのまま踵を返し立ち去るかと思われたが、彼はベッドに横たわる彼女の前にそっと跪いた。



「ウンディーネさま。次はヘビスの故郷のオリーブへ向かいます。
オリーブにはハーブや香料、そこだけにある珍しい野菜が有名で……」

「クラウド」



言葉を遮り名前を呼ぶと、クラウドはぴたりと口を閉じ、頭を垂れた。
虚ろな瞳で彼女は問う。



「私、ここにいていいの?」

「何をおっしゃって……」

「船長さんとの約束は王国までだったじゃない。
仕事も満足にできてないし、このままじゃみんなに迷惑だと思うの」

「いいえ、船長は構わないと。身寄りの無い者を突き放す真似だけはしたくないと申しておりました」

「そう……」



だけど、と続けようとしたものの、口が動かない。彼女は言葉をそのまま飲み込んだ。
ウンディーネはクラウドから視線を外し、また虚空を見つめた。
彼女の瞳には何が映っているのか。たとえその瞳を覗き込んだとしても答えは得られそうにない。
ゆっくりとまばたきしてから目を閉じて、彼女はぽそりとつぶやいた。



「私、こうやってゆっくり死んでいくのかな」



一日中寝たり起きたりを繰り返して、最近ではそれさえも億劫になりつつある。
食事も飲み物を摂る気力も、起き上がる気力もない。まさしく生きる屍だ。
しかし手入れはされていないにも関わらず、その銀髪は相も変わらず美しい。それゆえにいっそう哀れだった。



「そのようなことをおっしゃってはなりません」

「もうお父さまもお兄さまも民も、王国も亡い。私が生きる意味だって、もう」



そこでクラウドが立ち上がり、机の上のスープ皿とスプーンをひっ掴んだ。
ウンディーネの口元にスープを乗せたスプーンが突き付けられる。



「……何をしてるの」

「無礼は承知の上です。どうかお飲み下さい」

「いらない、飲みたくない」

「私の使命は貴女をお守りすること。このまま弱られてゆくのを黙って見過ごすわけには参りません」

「いいの。私が生きる意味は死んだんだから」

「ウンディーネ王女さま!!」



彼はもう我慢ならないとばかりに叫んだ。



「どうか後生でございます。王や民たちのためにも貴女は生きなければ。
あとからどんな処罰でもお下し下さい。貴女が切れというのなら、腕でも足でも喜んで捧げましょう。
ですがこのクラウド、貴女が死ぬことだけはままなりません。
どうか生きてください。私は貴女の剣であり盾です。何があっても必ずや貴女をお守り致します」

「下がりなさい、クラウド」

「ウンディーネさま!」

「赤ちゃんじゃないんだから、食事くらいひとりでできるわ。
それに服も着替えないといけないし、ね」



そう言って微かに笑んだ彼女を見て、クラウドは身を引いて体の力を抜いた。同時に彼の顔に安堵の表情が広がる。
その様子から、よほどウンディーネのことが心配だったのだと見て取れた。
しかし、彼はすぐにスープ皿とスプーンを机に戻そうと立ち上がって背を向けた。
油断した表情を見られたのが恥ずかしかったのかもしれない。



「ありがとう、クラウド」

「いいえ。数々のご無礼、失礼致しました」



食事は机の上に置いてあると言うと、クラウドは深く一礼してその場を去っていった。
静かにドアが閉められて、ふたたびウンディーネだけが静寂の中に取り残される。















――――だけど。















ついさっき飲み込んだ言葉を、胸中でつぶやく。















だけど、私のような小娘ひとりが生き残ったって















ここにいたって、どうしようもないじゃない















ねぇ、クラウド















どうしてそこまで私を守ろうとするの?















あなたが守りたいという私はもう王女ですらないのに















こんなちっぽけな私に、守る価値なんてあるの?















あなたはそれでいいの?


























――――そうして少しだけ、昼食に手を付けた。





















































他の船員たちの目をくぐり抜け、ヘビスはついにその場所に到達していた。
目の前のドアを開けようとノブに手を伸ばしてみるものの、回す度胸がないのが悲しいところだ。
溜め息が廊下に響く。そもそも会ったところで自分に何ができようか。
故郷も家族も丸ごと失った体験などないに等しい。彼女の痛みなどわかるわけがない。
しかしせっかく決意したのだ。ここで諦めてしまっては甲板に残してきた同僚に申し訳が立たない。
よっしゃ、とヘビスは再び意気込んだ。ノブを握る手に力を入れ、ぐるりとまわ


がちゃ



「え」



ひとりでにノブが回り、ドアが開いた。慌てて飛び退いて顔を上げてみれば、目に入ったのは見慣れた後ろ姿。
この船で黒いバンダナを巻いている者などひとりしかいない。クラウドである。
にしてもなぜ彼がルゥの部屋から出てくるのだ。嫌な予感がヘビスの胸をよぎってゆく。
振り向いてヘビスの姿を認めると、クラウドは訝しげに眉を寄せた。



「ぇ、あ、あのー……」

「ルゥに何か用か?」



いや、それこっちの台詞やねん。そうつっこみたくなるのをぐっと堪える。



「ル、ルゥはどうしてんかなと思て。ずっと部屋ん中ひきこもっとるんやろ?その、だから……」

「元気づけに来てくれたのならそれにはもう及ばない」

「へっ?な、なんでやねん?」

「必要ないからだよ。わかるだろ?」



なんだか清々しい表情で彼はそう告げる。そしてヘビスの肩をぽんと叩くと、曲がり角の向こうへと消えていった。
静かな廊下にぽつんと残されたヘビスはしばし呆然としたあと――――がくりと膝を折った。
やられた。あの言い様では既にルゥは立ち直ってしまったのだろう。
いや、餓死の心配はとりあえずなくなったのだから素直に喜ぶべきか。
けれど彼女を元気づけるのは、一番最初に笑顔を見るのがかなうのは、できれば自分であってほしかったのだ。
だというのにあっさりと先を越されてしまうなどと……嗚呼、情けないったらありゃしない。
どうしようか散々迷ってようやく決めた時にはいつも手遅れ。いつだってこうだ。
もっと積極的になれたら、もっと粘り強くなれたなら……自己嫌悪の溜め息が口をつく。
とにかく仕事に戻らなければ。いつまでもここにいてもしょうがないのだから。
立ち上がって踵を返し、甲板に向かって歩き始めようとしたその時だった。



「あれ?ヘビスじゃない」



背後からの声に思わず飛び上がりそうになるほど驚いた。
急いで振り向くと、そこには愛しの――――些か大袈裟だが――――ルゥが開いたドアから顔を覗かせていた。

三日間飲まず食わずだったにも関わらずその美しさは衰えていない。
深みのある金色の瞳はきらきらと煌めいているし、腰まで伸びる銀髪は濡らしたように艶がある。
久しぶりに顔を合わせたせいだろうか。以前よりも美しくなっているような気さえして、ヘビスはごしごしと目を擦った。



「どうしたの?」

「い、いや、なんでもあらへん!」

「そう…?」



ルゥはぱちぱちとまばたきし、小首を傾げた。
こんな何気ない動作にさえもヘビスはときめいてしまう。



「えーっと……な、なんか元気になったみたいやな」

「いつまでもこうしてるわけにもいかないし……今からでも仕事に戻ろうと思うんだ」

「えっ、そ、そんな急にせんでも!別に二日三日休んでても船は大丈夫やし、明日からでもええんやで?」

「でもこれ以上みんなに迷惑は……」

「ええんやって!みんなタフやし、ちょっと仕事増えたくらいじゃびくともせえへん。
それにほら。ルゥ、王国行く前に一回倒れてるやんか。一応今日一日くらい大事取った方は絶対にええて!」



言い切ってしまってからはっとした。これではただの親切の押し売りだ。
仕事に戻る戻らないはあくまで彼女の意志。自分が口出しをする権利などありはしない。
彼女が思い詰めていたことを知っていたはずなのに。厚顔無恥とは確かこのようなことを言うのではなかったか。
おそるおそる彼女を見てみると、きょとんとした表情でヘビスを見つめていた。
きっと呆れられてしまったに違いない。ああ、なんてことを。
今日は最悪だ。よりによってクラウドに先を越されるし、そのうえ余計なことをして彼女に嫌われるなんて。



「あの、ヘビス?」



もうこの恋には望みがないかもしれない。人生二度目の失恋である。



「ヘビス―――ヘビスってば!」



はっと気づくとルゥの顔がさっきよりもずいぶん近いところにあって、ヘビスの心臓は跳ね上がった。
もはやときめくなんてものではない。今やヘビスの心臓は大きく高鳴り、ドンドコドンドコと太鼓を打ち鳴らしている。
これほど近いのだから鼓動が聞こえてもおかしくない。彼女は気づいているだろうか。



「どうしたの?ぼーっとしてた?」

「あ、いや、だ、だいじょーぶ!ちょ、ちょっと寝不足ていうかなんていうか、そんな感じなだけやから!」

「そう…?それならいいけど」



ヘビスは思い出した。
鈍感ゆえに、彼女は周囲からどんな目で見られているのか気づいていない。
だから当然ヘビスの気持ちにも気づいていないものと思われる。いや、絶対に気づいていないだろう。
しかし船員の半分以上はヘビスがルゥに惚れていることを知っているのだ。
傍から見てもこんなにわかりやすいのにも関わらず、なぜ当の本人は気づかないのか。
……気づかれたらそれはそれで困るのだが。



「そ、そや!次はどこ行くか聞いたか?」



尋ねてからひきこもりっきりの相手にするような質問ではないことに気づいたが、この際そんなことは言っていられない。
こうなればもうどうにでもなればいい。今は一分、いや一秒でも彼女と長く話していたい。



「あ、うん。クラウドからオリーブに行くって」



またアイツか、とヘビスはうんざりした。どうしてこうもいちいち先回りされているのだろう。
ルックスも身長も更には戦闘力さえ敵わない。すべてがクラウドよりも劣っているのだ。
しかしそうした鬱屈した思いは彼女の一言によって晴らされた。



「あ!そういえばヘビスの故郷だってことも聞いたわ。珍しい野菜とかもあるんでしょ?」

「え?あ、お、おう!」

「どんな味がするのかな。ハーブとか香料も有名だって聞いたけど」

「ティムライトとかは遠すぎて鮮度のうなってしまうから輸出しとらんし、きっと食べたらびっくりするで。
こー、ぴりりっと刺激があるんや。やわいようなしゃくしゃくしとるような食感しとる」



これはチャンスとばかりにヘビスは口を動かした。
彼女が自分の故郷に興味を持ってくれている。ああ、なんて心地良い感覚なのだろう。
考えるより先に口がくるくると動く。もう六年も故郷を離れているくせによく覚えているものだ。

あらかた話してしまってからオリーブには食糧調達のために行くのだと話すと、ルゥは満面の笑顔を見せた。
オリーブ特産の野菜が食べられるのがよほど嬉しいのだろうか。なんにせよ再びヘビスの胸を貫いたことには間違いない。
何か言わなければとおどおどしているうちに、ルゥは仕事に戻るよと言い残してその場から去ってしまった。
ぽつんと残されたヘビスはしかし人知れず笑んでいた。自分の話は少なからず彼女を元気づけられたとわかったからだ。
話していくうちにルゥの表情はどんどん明るくなっていった。きっと本人は無意識だったろう。
あの根暗なクラウドじゃこうはいかない。自分だからできたことなのだ。あまり自信はないけれども。
クラウドのようになる必要性はかならずしも存在しないのである。
ヘビスがクラウドのようになれないように、クラウドもヘビスのようには絶対になれない。
それはつまり、クラウドにはクラウドの、ヘビスにはヘビスの役割があるということ。



「どっちにホレるかはルゥしだい……うーっし、そうと決まれば頑張らなあかんな!」

「あっ、こんなとこにいた!」

「おわぁ!?」



背後から唐突にぐわしと頭を掴まれて驚かないわけがない。



「あんたこんなとこで何やってんのよ、まったく。仕事はどうしたの?」
甲板に行ってみたら仕事してたのはひとりだけ。ま、あんたのさぼり癖はいつものことだけど」

「ちょっ、は、離してえなモモカ!」



両手をばたつかせて抗議すると、思ったよりあっさりと手は離れてくれた。
ヘビスは安堵して後ろを振り返る。そこには175cmを超える長身の持ち主、モモカが両手を腰に当てて立っていた。
男性にしては小柄なヘビスは必然的に彼女を見上げる形になる。



「あら、ここルゥの部屋じゃない。仕事さぼって何やってるかと思えば色恋沙汰?」

「ちゃうて!最近アレやったから、その、元気づけよと思て……」

「上手くいったの?」

「そらもちろん!今までの落ち込みっぷりがもう嘘みたいに笑っとったで!」

「へえぇ、あんたにしちゃよくやったじゃない。それで?あの子、今どこにいるわけ?」

「ああ、仕事に戻るゆうてたから食堂やないかな」



鼻の頭をぽりぽりと掻いて答えると、モモカは「そう」とショートボブの金髪を揺らしてにっこりと微笑んだ。
彼女も彼女なりにルゥを心配していたのだ。それにこの船の女性陣の中で一番歳が近く、仲が良かったから尚更だろう。



「んじゃヘビス、あんた今月の給料30%カットね」

「は!?な、なんでやねん!」

「あたりまえでしょ。今月だけでいったい何回さぼってると思ってんの?
半分カットにしてもいいくらいなのよ。リンチされないだけでもありがたいと思いなさいよ」



そうしてモモカは去っていってしまった。「これに懲りたら真面目にやりなさいよ」と有難い忠告だけを残して。
完全に気配が消えたのを確かめてから、ヘビスは深く深く溜め息を吐いた。町の楽しみである買い食いができないなんて。

でも、まあいっか。ヘビスは頭の後ろで手を組んで天井を仰いだ。
ルゥの元気な姿と笑顔が見られるのならば、給料30%カットはむしろ安いくらいだ。
帝国など知ったことではない。ここは貨物船だ。戦争になれば輸送の仕事が多くなって稼ぎも増えることだろう。
どんなに理想論を並べたって、世の中は、金、金、金。金がなければ何もできはしない。
不謹慎な考えだということも、戦争で罪のない命が消えていくのは決して気持ちのいいことではないこともわかっている。
けっきょくは対岸の火事でしかないのだ。根無し草である自分たちに戦争の被害など及ばない。



(……わいも汚れたなあ)



年齢を重ねるごとにわかってくるのは世の中の仕組みと世界の裏の事情。
大人になるということはこういうことなのだろうか。

とにかく仕事に戻ろう。
これ以上給料をカットされてしまったら本当にたまったものではないし、
あの長い足で回し蹴りされるなんて想像しただけでも恐ろしい。ルゥも頑張っているのだ、負けていられない。
一度伸びをすると、ヘビスは先ほどルゥやモモカがそうしたように曲がり角に去っていった。

――――勘違いをしていることがひとつ。ルゥは元気を取り戻してなどいない。
あの振る舞いは、あの笑顔は仮染めのものでしかなかった。彼女は演技をしているに過ぎなかったのだ。




「ウンディーネ様!!!」




数日後、彼はそれを思い知らされることになる。
彼女の正体も想いもすべて。禁呪文という名の自殺によって。